人気ブログランキング | 話題のタグを見る

見送るということと待つということ

ゲームなんて気が向いた時にやって向かない時にはやらないもの。
止めるのに引退だなんて大袈裟だよ、と常日頃思っているわけだが、
それでもいざ知り合いからその二文字を聞くと、
「大袈裟だよ。」との言葉は思考のずっと奥に追い遣られ、
何とも言葉に成らないもやもやとした(この表現も適切ではないが)感情が押し出されてくる。

人狼でも、名無し村でも同じこと。
二度と同じゲームは味わえないから
今現在いるプレイヤーとの一瞬一瞬のやり取りを大事にし、
オープンなゲームの場である名無し村の現参加者として
まだ見ぬ未来の強敵達を想像して胸を躍らせる。
それでいてなお、私の心の何処かには
かつてゲームで熱く戦った人々の記憶が刻まれていて、
今名無し村に来ていない人、もう来ることが無いだろうと想像される人、
そんな人達がふらりと村を訪れ、また一緒にゲームに興じることができるのではないか、
そんな淡い希望をたまに胸に抱いたりもする。
懐古に徹する懐古は何も生みはせず、
そもそもこんな話をすること自体、
現在私とゲームをプレイしてくれている人には失礼なのだが。

毎日、週に一回、月に一回、半年に一回、一年に一回・・・
何時、誰が、どんな状況で現れても、いつもと変わらずゲームに参加できる場所。
思い出として生きていた人が突然現れても、
彼、もしくは彼女が以前ゲームに参加していた時のように
何食わぬ顔でいつもと同じようにゲームをしたいから、
それが私なりの名無し村のプレイヤーに対する礼儀だから、
時々心の奥底で懐かしいプレイヤーとのゲームをシミュレートして
「その時」に備えているのかもしれない。

私がこんなこと書いちゃうのは風邪の熱のせいだと思う。
そういうことにしておいてくれるとありがたい。
by frisk_tarou | 2005-12-01 01:15
<< 印象バトン 人狼:051121 >>