人狼新ルール提案

前置きとして。
新ルール、等と偉そうに言っているが、
別に新役等の新要素を追加しようというのではない。
それどころか、実は時々ではあるがそのルールでゲームが行われることもあって、
新ルールと呼ぶことすら躊躇われたりもする。
私の提案するルールは、「各配役数の公開」、それだけである。
何故これが新ルールになり得るのか、どういう意図によってこのルールを試みようというのか、
それを順を追って説明していきたい。

「UOで人狼」は、周知の通り、UOマンガで著名なROBINさんが、
「汝は人狼なりや?」というカードゲームを、UO風にアレンジしてその遊び方を公開したことから始まった。

UO風にアレンジというが、オリジナルのゲームを知る人間の話によると、
「UOで人狼」はオリジナルと比べ、かなり大きく変更が加えられており、
アレンジというよりは、オリジナルの雰囲気を引き継いだ全くの別ゲームであるらしい。
また特に「同室」というシステムは「UOで人狼」の白眉であるということである。
確かに「同室」が存在することにより、推理に筋道を付けることができる上に、
一晩部屋を共にする者同士の駆け引きや説得、裏切りは様々なドラマを生んできたことから考えても、
このシステムの導入は非常に優れたアレンジだと言ってよい。

しかし、この「同室」システムでは、狼は同室者の死体という確実な証拠を残すことになり、
推理によって追い詰められる場面が多くなってしまう。
そのため初期の「UOで人狼」では、村側の勝率の方が圧倒的に高かった。
(理想的な狼:村の勝率は3:7だという話があるが、初期の村側の勝率はそれを遥かに超えていたらしい)

このバランスの調整は、人狼のプレイヤーの手によって行われた。
狼側の勝率を上げるため、あるコミュニティでは狼のパス制限を無くし、
あるコミュテニィでは、狼側に属す役の増加や新役を追加した。
名無し村では、初日の祈祷師能力制限と一部屋辺りの人数の変更という、
所謂アドバンスルールを導入することにより、バランスの調整を行った。
狼のパス制限を無くしたコミュニティには、例えば「UOで人狼 in 飛鳥」の主催コミュニティ等がある。
(私の勝手な見立てでは、)人狼に関して、「推理」ゲームであることに重きを置く名無し村に対して、
「UOで人狼 in 飛鳥」は推理「ゲーム」であることに重きを置いているように見受けられたのは、なかなか興味深い事象である。

さて、前提が長くなってしまったが、
今回の私の「各配役数公開」というルールの提案は、
人狼を「推理」ゲームとして更に昇華することを狙ったものである。
現在の各配役数非公開という仕様について、
名無し村の立ち上げに大きく関わったRokko氏はこう述べている。

>役割の数を公開しない理由

>あなたは、狂人2人が結託して牧師を装って、容疑のかかった本当の牧師を
>狂人の根拠を持って攻め立てる様を見た事がありますか。

>牧師が1と情報で与えられてしまうと、こんなシーンに出くわす事はなくなります(ロジックで不自然ですね)。
>不確定さが、プレイヤーに99%の確信があっても、1%の疑惑をぬぐえない恐怖を与えます。

>もし、牧師が2で、本当の事を言っていたら・・・もし祈祷が0だったら…もし人狼が3だったら…。
>この恐怖は、ゲームに慣れたプレイヤーを苦しめてやみません。
(人狼Onlineより引用)

つまり、各配役数の非公開は、その不確定さを以って、時にはプレイヤーの判断を誤らせるという点において、
ゲームバランスに大きく結びついており、欠かせない要素の一つだということである。

不確定要素は、人狼を味わい豊かなゲームにするために必要である。
しかし、各配役数はその時々の司会の嗜好や気分によって異なることもあり、
ゲーム内の要素だけでは判断しにくい上に、その司会の癖を知っているかいないかによって差がついてしまう。
理想を言うならば、各プレイヤーの言動から役を、ひいては各配役数を判断しなければいけないのだが、
私自身の好みとして、ゲームを作るのはゲームに参加しているプレイヤーであり、
司会は最低限のサポートに徹するべきではないかとの意識があるため、
司会がゲームの行方に関わるような行為は、でき得る限り排除したいと考えていたりする。
(この辺り、司会の所謂「神の手」の問題とも関わってくるのだが、
それはまた別のお話、というかそれぞれの考えでいいだろうと思われる)
村側は不確定要素を、状況の進行と自らの推理により確定へと塗り替えていき、
狼側は詭弁と感情の揺さぶりを持ってそれを迎え撃つ。
ここで必要な不確定要素は、プレイヤーの推理の及ぶ要素でなければならない。
今回の「各配役数公開」はそういった意識から出てきたものである。

しかし、各配役数非公開が、名無し村の絶妙なゲームバランスに関わる要素である以上、
ただそれを公開すればいいというわけではない。
各配役数を公開することにより、狼側の不利を招くということを認識し、
それを調整するための工夫が必要となってくる。

まず、このルールを適用するためには、参加人数の多いゲームであることが前提となる。
人数の少ないゲームでは、狼側に有利に働くような調整がしにくく、
結果として、日数が進行するだけで状況が決定するようなゲームになってしまう可能性がある。
このルールのゲームは大人数で。これがまず一つ目。

二つ目として、各配役数のバランス調整がある。
狼側が不利だからといって、狼の数を増やしたのではゲームが大味になるだけである。
私の好みとしては、村人がゲームの主役となれる可能性が大きくあることが好きなため、
狼の数を増やしたことを、牧師や祈祷師を増やして相殺するような配役にはしたくない。
格別優れた案というわけではないのだが、消去法により、
ここではゲーム内の不確定要素である狂人を増やすことにより、バランスの調整を図りたい。
狂人であれば、そのプレイヤーの言動などから役を推理することもでき、
また狼側にも(狂人が誰かという)推理を要求するため、無条件で狼の有利に働くということにもなりにくい。
つまり、ゲームの動きにいろいろ変化のつけられる存在として狂人を選んだということである。

三つ目として、二日目には、例え死者が出ずともリンチを行う。
これも狼を有利にするバランス調整の一つだが、
それと同時に、雑談の場となってしまっている初日会議に、なんとか意味を持たせられないかという考えもある。
初日会議が意味の無いものとなれば、狼側にとって有利に働くだけ。
そんな状況を打破するための村側の奮闘を見てみたい。

私が提案する新ルール(とそれに付随するルール)は以上である。
私自身、熟考の末に出した練り出した案というわけではないので、
各所に不備や見通しの甘さがあるかと思われる(特にバランス調整の部分)。
ここを見てくださっている奇特な方々からも、忌憚無く意見を賜りたいと切に願う次第である。
こんな場所でぐだぐだぬかすより、テストゲームを行う方が明らかに実りがあるのだが。


追記1
まとめればもっと短い文章になるであろうところを、
延々と間延びした文を垂れ流すことしかできないのは私の悪癖である。
さて、わかる方はわかるだろうが、この提案は人狼BBSあるいはCGI人狼の影響による。
人狼BBSは未だ体験していないが、ゲームログは何本か読み、
またCGI人狼にはプレイヤーとして参加させていただき、狼も経験した。
その時味わった、硬質的な推理ゲームが私の好みに合い、
「UOで人狼」にも、BBSやCGIから取り入れられる要素は無いかと思ったのが新ルール提案のはじまりである。
長期戦と短期戦の違いというのは、予想以上に大きなものだが、
同じ「推理」を核とするゲームとして、吸収できる部分はあると考えている。


追記2
パーティゲームとしての人狼もじゅうぶんに魅力がある。
私は何も「推理」だけを重視し、それ以外の楽しみ方としての人狼を否定しようというではない。
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by frisk_tarou | 2005-02-06 00:56 | 人狼:雑文
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