カテゴリ:人狼:雑文( 14 )

人狼審問身内村参加者募集

「UOで人狼」が、「汝は人狼なりや?」というカードゲームに、
UOマンガで有名なRobin氏がアレンジを加えてUOに持ち込んだものということは「UOで人狼」プレイヤーにはよく知られている。
その魅力はゲーム開始以来、多くのUOプレイヤーを虜にしてきたという事実を見れば語るまでも無いことだろう。

ところで、インターネットを介した人狼ゲームは何も「UOで人狼」だけではない。
ラグナロクやファイナルファンタジーといったUO以外のMMORPGでも人狼ゲームが行われているとの話も聞くし、
更にそのようなゲーム内で行うゲームとしてではなく、人狼ゲームそのものをネットを通じて楽しむこともできる。
CGIを使った人狼ゲーム、所謂「CGI人狼」と呼ばれるものがそれである。
なかでも「人狼BBS」はインターフェイスの充実、操作性の良さ等から多くのプレイヤーを集め、
毎日狼と人間の熱い戦いが飽くことなく行われている。

「人狼BBS」は村人の中に潜んだ人狼を、
参加者が掲示板形式で様々な意見や提案を書き込みながら探し出すというものだ。
と書くと、「UOで人狼」とはUO内で発言するかBBSで発言するかの違いくらいしか無いかのようだが、ルールの面では両者はかなり異なる。

まず「人狼BBS」には夜の部屋割りというものが存在せず、それ故に「UOで人狼」で重視される「部屋割りのロジック」というものが無い。
狼は自由に獲物を選択し、夜の闇に紛れて一切の証拠を残さずに襲撃する。
つまり夜が明けて目前に横たわる死体は、生き残っている村人の中に狼がいるということ以外何も教えてはくれないということだ。
また「UOで人狼」には自分への狼の襲撃を受けて、反撃をして狼を殺す祈祷師や
攻撃を防いで生き残ることのできる牧師がいるが、「人狼BBS」にはそれらの役職は存在しない。
代わって登場するのが、一晩に一人だけ「その人が狼か人か」を占うことのできる占い師や、
「死んだ人間が狼か人か」を知ることのできる霊能者だ。
また、「UOで人狼」では自ら死を選ぶことによって「部屋割りのロジック」に混乱を齎す狂人だが、
「人狼BBS」では狂人には自殺の能力は無く、その代わりに役職を騙る等して場を混乱に陥れようとする。
この他「人狼BBS」には、自分以外への狼の襲撃を防ぐことのできる狩人という役職や、
2名の人物が相互に村人であるという事実を知る共有者という役職もある。

前述の通り「人狼BBS」には夜の部屋割りというものが無い。
また、狼を見つけ出すための各能力も、それ自体を軸にして最後まで推理を展開できるものでもない。
多くの場合、狼の能力者襲撃や狼側による能力者騙りによって、能力の信頼性や能力自体が失われてしまうためだ。
それではプレイヤーは何を以って狼を見つけ出すかというと、それは、至極当然ではあるが、自らの推理力である。
各プレイヤーの発言を分析し、疑問点や矛盾点があれば質疑応答を行い、
蜘蛛の糸を一手繰り一手繰り上っていくように、少しずつ少しずつ真実へ近づいていく。
勿論発言の分析やプレイヤー間の議論は「UOで人狼」においても重要な要素であるが、
会話以外にも推理の要素が存在する「UOで人狼」と比べ、
「人狼BBS」では会話におかれる比重が格段に高い。
そのため「人狼BBS」ではゲームの進行に十分な時間的余裕が取られている。
1日24時間、ゲーム終了までは約一週間の日数を要する。
(ちなみに「UOで人狼」では会話以外の推理要素を取り入れることで、
短期決戦のゲームであっても刺激に富み、なおかつ論理的なゲーム展開を成すことに成功している)

余談だが、「UOで人狼」と「人狼BBS」では、「人狼BBS」の方が元ネタのカードゲームのルールに近いらしい。
私はカードゲーム版の人狼を経験したことは無いが、そのような話を聞くと、
プレイヤーがアクションを起こせるというUOの特徴を上手く生かしつつ、
なおかつ推理と会話のゲームとしての人狼の本質を楽しむことが可能な大胆なアレンジに、
考案者であるRobin氏の慧眼を感じて止まない。

さてここまでは、私の悪い癖である、長い前置きだ。
何故このようなことを延々と述べてきたかというか、「UOで人狼」に関わる皆と「人狼BBS」で遊んでみたいという個人的な希望のためだ。
そのための参加者募集のために今回の投稿を行った。
と言っても、「人狼BBS」には身内だけで村を立てることのできる機能が無いため、
ゲームの舞台は「人狼BBS」とよく似たシステムを持つ「人狼審問」となる。
(厳密に言えば細かい点で両者は異なり、それが戦略戦術の違いとしても現れているのだが、
それでも「UOで人狼」と「人狼BBS」程の差異は無い。)

「人狼審問」にはシステム側が生成する村の他に、プレイヤーが条件を設定して村を作成することが可能である。
プレイヤーが作成した村にはパスワードを設定することができ、入村者の選別が可能となっている。
これが身内ゲームを推奨したシステムなのかどうかはよくわからないのだが、
実際に身内ゲームが行われ、特に制限が掛けられている様子も見受けられないことから、
「人狼審問」にパスワード付のカスタム村を作成することによってゲームの場を確保したい。

今回作成する村の条件は以下の通り。現時点での予定だが。
・名前:名無し村
・定員:上限15名
・更新時間:午前0時
・更新間隔:24時間or48時間(これに関しては皆の意見を聞きたい)
・投票方法:無記名
・ロール配分:標準型

禁止事項は、通常ゲームにおける禁止事項に加え
ゲーム進行中の、中の人に関する表での発言と、
ゲーム終了後に中の人バレを強制することを挙げたい。
(「人狼BBS」及び「人狼審問」では、プレイヤーは予め用意された中からキャラクターを選択し、
そのキャラクターとしてゲームに参加することになる)
また禁止事項というわけではないのだが、システム等に関する質問は、
ゲーム内で聞くのではなく、文末に記す参考サイトなどを参照することによって自己解決を図って欲しい。
それでもわからない場合は、このブログのコメントにて質問して欲しい。
ゲームの進め方に関しては、参考サイトに初心者用の手引きがあるためそちらを参照して欲しい。
余裕があるならばいくつかのゲームログを流し読みでもいいので目を通しておくと実際に参加した時にわかりやすいと思う。

参加希望者、私と遊んでやってもいいぞという方は、
この記事のコメントに名前と更新時間の希望(24時間or48時間)を記入して欲しい。
UO内で私に言っていただいても構わない。
時間帯が合わない方はメッセなりメールなりでもどうぞ。
名前に関しては匿名も可だ。人数が重複しないように識別できればいい。
匿名を貫く場合、ゲーム終了後にIDが公開されるため、ID作成時に注意が必要。
参加の資格に「人狼審問」の経験は問わない(私自身もど素人だ)。
8人以上で村の作成が可能で、15人を上限とし、20日午前0時を以って締め切り村を作成する。
まぁ15人も集まるかどうかと聞かれれば・・・なのだが。
ちなみに村を作成してから5日経っても定員に達しない場合は廃村となってしまうので、
参加希望は出したが、何も言わずにやはり止めたという事態だけは避けて欲しい。

↓堅苦しい書き方になってしまったが、要はこれ
人狼審問、や ら な い か ?

参考サイト
人狼BBS
人狼BBS まとめページ(YukiWiki)
人狼BBS まとめサイト

人狼審問
人狼審問まとめページ
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by frisk_tarou | 2005-08-14 02:23 | 人狼:雑文 | Comments(13)

人狼なら何でもいいわけじゃない

何時までも不適切な名前に関する記事をトップにおいておくと、
セクシャルハラスメントとしてコールしますよ、と脅されたので渋々更新。


人狼におけるメタ的要素について考えてみた。
その結果、何やらモヤモヤしたものが、
心中の隅の方に張り付いてしまったのだが、まずは自分なりに纏めを。

人狼におけるメタ的要素には以下の2種類がある。

 a:自分自身に関するメタ的要素
 b:自分以外のプレイヤーに関するメタ的要素

そして、そのメタ的要素が、実際にゲーム中で使われる状況にも2種類がある。

 1:自らの中で推理を導く
 2:他のプレイヤーを説得する

2の場合、メタ的要素の使われ方にも、直接的と間接的の2種類があったりするのだが、
名無し村では直接メタ的要素を使うことが堅く禁じられているため、ここでは考察に入れないことにする。

この区分は、例えば、狼の時に
「いつも色々な可能性を提示する自分が、裏ロジックを組まんがために、
序盤から特定の人に容疑を集中するのは怪しい」
と考え、会議場での容疑の矛先を散らしてみたりするのは、a-2のパターンであり、
「○○は慎重な傾向があるため、狂人であっても初日から動くパターンは少ないのではないか」
と推理を導くのはb-1のパターンにあたる。
勿論厳密性など欠片も無い大まかな区分のため、各区分の定義など曖昧であるし、
境界線も分かり難い(a-1のパターンなど強引な定義が必要だ)のだが、
要は一口にメタ的要素といっても、均一に扱うべきものではないということである。

以前の記事におけるコメントでも書いたのだが、
私は純粋な推理ゲームとしての人狼が一番好きだし、それ(もしくはそれに近いゲーム)ができたのなら何も言うことはない。
ならば、何故このようにメタ的要素を持ち出してきたのか。
それは、やはり一つのコミュニティで人狼を続ける以上、メタ的要素というものが避けられないものであるからである。

「出来得る限りメタ的要素は排除したい」、しかし、「メタ的要素は否応が無く思考に忍び込んで来る」。
プレイヤーが他のあるプレイヤーを怪しいと思う。
その怪しいという思考は言うなれば直感であり、その直感の裏には、
例えば、本当に村人ならばこういう行動はすまい、といったような一般的(客観的)論拠か、もしくは、
この人のこういう行動は怪しい、といったよう、ごく主観的メタ的な推理がある。
この人怪しい、と感じた瞬間に、その根拠がどちらにあるのかを把握し、
なおかつメタ的要素であれば思考から排除しようというのは、おそらく相当難しいのではないか。

メタ的要素を完全に排除してゲームを行うのは難しい。
ならば、一度メタ的要素でいけるところまでいってみようじゃないか。
そうすれば、論理的な要素とメタ的要素の折り合いも見えてくるかもしれない。
それが私がメタ的要素について考え出した理由である。
そして加えてもう一つ。
私は、性根が卑怯な人間なので、ゲームで自分が負けた場合の原因を、
客観的理由でなく、ごく主観的な理由に結び付け、それで納得しようとする傾向がある。
そして、今まではそのメタ的要素に関して、自らの預かり知らぬところとして、
故意に触れないようにしてきたというのがある。
その自分の矮小さに対し、ならば、そのメタ的要素を使って勝てるかどうか試してみやがれ、
という思いも今回のメタ的要素云々には関係してるだろう。

と、ここまで考えてふと思った。
私が好きなのは、純粋な推理と説得のゲームとしての人狼である。
現在私がメタ的要素を持ち出して語っている人狼は、果たして私が好きな人狼であるのか?
もしかして、冷めてきた人狼熱を延命するためだけに、
自らに課題を与えている「ふり」をしているだけではないのか。
そうだったのか、と目の覚める思いというわけではない。
しかし、きっぱりと否定するだけの自信も無い。

人狼なら何でもいいわけじゃない。
私には、私の好きな人狼がある。
もう一度考えるべきだと思った。
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by frisk_tarou | 2005-03-13 16:10 | 人狼:雑文 | Comments(9)

人狼新ルール提案

前置きとして。
新ルール、等と偉そうに言っているが、
別に新役等の新要素を追加しようというのではない。
それどころか、実は時々ではあるがそのルールでゲームが行われることもあって、
新ルールと呼ぶことすら躊躇われたりもする。
私の提案するルールは、「各配役数の公開」、それだけである。
何故これが新ルールになり得るのか、どういう意図によってこのルールを試みようというのか、
それを順を追って説明していきたい。

「UOで人狼」は、周知の通り、UOマンガで著名なROBINさんが、
「汝は人狼なりや?」というカードゲームを、UO風にアレンジしてその遊び方を公開したことから始まった。

UO風にアレンジというが、オリジナルのゲームを知る人間の話によると、
「UOで人狼」はオリジナルと比べ、かなり大きく変更が加えられており、
アレンジというよりは、オリジナルの雰囲気を引き継いだ全くの別ゲームであるらしい。
また特に「同室」というシステムは「UOで人狼」の白眉であるということである。
確かに「同室」が存在することにより、推理に筋道を付けることができる上に、
一晩部屋を共にする者同士の駆け引きや説得、裏切りは様々なドラマを生んできたことから考えても、
このシステムの導入は非常に優れたアレンジだと言ってよい。

しかし、この「同室」システムでは、狼は同室者の死体という確実な証拠を残すことになり、
推理によって追い詰められる場面が多くなってしまう。
そのため初期の「UOで人狼」では、村側の勝率の方が圧倒的に高かった。
(理想的な狼:村の勝率は3:7だという話があるが、初期の村側の勝率はそれを遥かに超えていたらしい)

このバランスの調整は、人狼のプレイヤーの手によって行われた。
狼側の勝率を上げるため、あるコミュニティでは狼のパス制限を無くし、
あるコミュテニィでは、狼側に属す役の増加や新役を追加した。
名無し村では、初日の祈祷師能力制限と一部屋辺りの人数の変更という、
所謂アドバンスルールを導入することにより、バランスの調整を行った。
狼のパス制限を無くしたコミュニティには、例えば「UOで人狼 in 飛鳥」の主催コミュニティ等がある。
(私の勝手な見立てでは、)人狼に関して、「推理」ゲームであることに重きを置く名無し村に対して、
「UOで人狼 in 飛鳥」は推理「ゲーム」であることに重きを置いているように見受けられたのは、なかなか興味深い事象である。

さて、前提が長くなってしまったが、
今回の私の「各配役数公開」というルールの提案は、
人狼を「推理」ゲームとして更に昇華することを狙ったものである。
現在の各配役数非公開という仕様について、
名無し村の立ち上げに大きく関わったRokko氏はこう述べている。

>役割の数を公開しない理由

>あなたは、狂人2人が結託して牧師を装って、容疑のかかった本当の牧師を
>狂人の根拠を持って攻め立てる様を見た事がありますか。

>牧師が1と情報で与えられてしまうと、こんなシーンに出くわす事はなくなります(ロジックで不自然ですね)。
>不確定さが、プレイヤーに99%の確信があっても、1%の疑惑をぬぐえない恐怖を与えます。

>もし、牧師が2で、本当の事を言っていたら・・・もし祈祷が0だったら…もし人狼が3だったら…。
>この恐怖は、ゲームに慣れたプレイヤーを苦しめてやみません。
(人狼Onlineより引用)

つまり、各配役数の非公開は、その不確定さを以って、時にはプレイヤーの判断を誤らせるという点において、
ゲームバランスに大きく結びついており、欠かせない要素の一つだということである。

不確定要素は、人狼を味わい豊かなゲームにするために必要である。
しかし、各配役数はその時々の司会の嗜好や気分によって異なることもあり、
ゲーム内の要素だけでは判断しにくい上に、その司会の癖を知っているかいないかによって差がついてしまう。
理想を言うならば、各プレイヤーの言動から役を、ひいては各配役数を判断しなければいけないのだが、
私自身の好みとして、ゲームを作るのはゲームに参加しているプレイヤーであり、
司会は最低限のサポートに徹するべきではないかとの意識があるため、
司会がゲームの行方に関わるような行為は、でき得る限り排除したいと考えていたりする。
(この辺り、司会の所謂「神の手」の問題とも関わってくるのだが、
それはまた別のお話、というかそれぞれの考えでいいだろうと思われる)
村側は不確定要素を、状況の進行と自らの推理により確定へと塗り替えていき、
狼側は詭弁と感情の揺さぶりを持ってそれを迎え撃つ。
ここで必要な不確定要素は、プレイヤーの推理の及ぶ要素でなければならない。
今回の「各配役数公開」はそういった意識から出てきたものである。

しかし、各配役数非公開が、名無し村の絶妙なゲームバランスに関わる要素である以上、
ただそれを公開すればいいというわけではない。
各配役数を公開することにより、狼側の不利を招くということを認識し、
それを調整するための工夫が必要となってくる。

まず、このルールを適用するためには、参加人数の多いゲームであることが前提となる。
人数の少ないゲームでは、狼側に有利に働くような調整がしにくく、
結果として、日数が進行するだけで状況が決定するようなゲームになってしまう可能性がある。
このルールのゲームは大人数で。これがまず一つ目。

二つ目として、各配役数のバランス調整がある。
狼側が不利だからといって、狼の数を増やしたのではゲームが大味になるだけである。
私の好みとしては、村人がゲームの主役となれる可能性が大きくあることが好きなため、
狼の数を増やしたことを、牧師や祈祷師を増やして相殺するような配役にはしたくない。
格別優れた案というわけではないのだが、消去法により、
ここではゲーム内の不確定要素である狂人を増やすことにより、バランスの調整を図りたい。
狂人であれば、そのプレイヤーの言動などから役を推理することもでき、
また狼側にも(狂人が誰かという)推理を要求するため、無条件で狼の有利に働くということにもなりにくい。
つまり、ゲームの動きにいろいろ変化のつけられる存在として狂人を選んだということである。

三つ目として、二日目には、例え死者が出ずともリンチを行う。
これも狼を有利にするバランス調整の一つだが、
それと同時に、雑談の場となってしまっている初日会議に、なんとか意味を持たせられないかという考えもある。
初日会議が意味の無いものとなれば、狼側にとって有利に働くだけ。
そんな状況を打破するための村側の奮闘を見てみたい。

私が提案する新ルール(とそれに付随するルール)は以上である。
私自身、熟考の末に出した練り出した案というわけではないので、
各所に不備や見通しの甘さがあるかと思われる(特にバランス調整の部分)。
ここを見てくださっている奇特な方々からも、忌憚無く意見を賜りたいと切に願う次第である。
こんな場所でぐだぐだぬかすより、テストゲームを行う方が明らかに実りがあるのだが。


追記1
まとめればもっと短い文章になるであろうところを、
延々と間延びした文を垂れ流すことしかできないのは私の悪癖である。
さて、わかる方はわかるだろうが、この提案は人狼BBSあるいはCGI人狼の影響による。
人狼BBSは未だ体験していないが、ゲームログは何本か読み、
またCGI人狼にはプレイヤーとして参加させていただき、狼も経験した。
その時味わった、硬質的な推理ゲームが私の好みに合い、
「UOで人狼」にも、BBSやCGIから取り入れられる要素は無いかと思ったのが新ルール提案のはじまりである。
長期戦と短期戦の違いというのは、予想以上に大きなものだが、
同じ「推理」を核とするゲームとして、吸収できる部分はあると考えている。


追記2
パーティゲームとしての人狼もじゅうぶんに魅力がある。
私は何も「推理」だけを重視し、それ以外の楽しみ方としての人狼を否定しようというではない。
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by frisk_tarou | 2005-02-06 00:56 | 人狼:雑文 | Comments(10)

プレイスタイル ―ポリシーと空回りと酒と泪と男と女―

わざわざ言うまでも無いことだが、
人狼プレイヤーには様々なプレイスタイルの人間がいる。
意識的、無意識関わらず、豊かな個性を発揮するプレイヤー達が、
人狼というゲームを彩りあるものにしていることに異論をはさむ者はいないだろう。
プレイヤーが変わればゲームが変わるというのはよく言われるが、
まさしくその通りで、一つのゲームの性格形成におけるプレイヤーという要素は、
そのゲームで使用されたルールと肩を並べる程重要な要素である。
そのプレイヤー達に焦点を当てた記事もそのうちに書いてみたいが、それはまた別の話。
今回は私自身のプレイスタイルについてである。

プレイスタイル、と一口に述べても、
外から見えるそれと、自らが思うそれは若干なりとも誤差が生じよう。
そのため今回は、私自らが思うプレイスタイル、
人狼をプレイする上でのポリシーとでも言うべきものについて触れたい。

ポリシーなどと言うと仰々しく聞こえるが、
要は、私がどういうスタイルを念頭に置きながらゲームに興じているかということである。
幾多の謎プレイで、私が迷惑を掛け続けている人狼プレイヤーの方々の、
私のプレイへの理解が少しでも進めば幸いである。
進んでどうするという話もあるが。

私の人狼をプレイする上でのポリシー。

・生きる
狂人以外の役職は、死んでしまったらその時点で負けである。
ゲームとしても、RPとしても。
狼に食べられる村人や、リンチされる狼は論外であるし、
仕事を果たした祈祷師であっても、生き残らなければ勝利を誇ってはならない。
尊い自己犠牲など私の行動選択には無い。
泥を啜ってでも生き延びるべきである。
ただ、人狼はチームプレイであるということを忘れてはならない。
村人として生きるために嘘をつくならば、
「嘘をついたこと」を信じてもらえるよう説得できなければならない。
仲間からの信頼を失うことが、チームに迷惑を掛けるためでは無い。
仲間からの信頼を失うことが、自らの死に繋がるからである。
人狼はチームプレイではあるが、最も信頼すべき味方は自分自身である。


・喋る
人狼は会話と推理で組み立てられるゲームである。
プレイヤーの口から出る言葉は、全て推理の材料となる。
つまり、プレイヤーは一言発する毎に、周りのプレイヤーにヒントを与えるのである。
ならば頑なに口を閉ざし、存在を消すことが望ましいのか。
確かに沈黙という防壁は、時によっては非常に強固である。
しかし、"会話"と推理のゲームを楽しみたい私にとって、
口を開かないという行為は、それだけで苦痛である。
狼ならば言葉巧みに村人を騙し、村側であるならば鋭利な語り口と堅牢な推理で狼を暴く。
そんなプレイヤーに童の如き憧れを抱いていた、かつての私がいる。
目指すものは程遠く、不可能にすら思えるが、私は喋り続ける。

・足掻く
戦況は窮し、周りにいるのは敵ばかりとなった時、
素直に諦め、自らの死を受け入れるというのも一つの選択だろう。
しかし周囲のプレイヤーは、NPCではない。
不確定な思考を持った人間なのである。
対人間の場では何が起きるかはわからない。
例え1%でも可能性があるならば、私は藁を掴もうとするだろう。
掴んだ藁が化ける例だって昔話にはあるのだ。
希望を捨てるな、ではない。
どうせ死ぬんだったら足掻け、である。

・理由付ける
私は、人狼において「勘」というもの排除しようと試みる。
上でも述べたように、人狼は会話と推理のゲームである。
他人の思惑や言動を推理するのは、自らの行動を決定するためである。
自らの一挙手一投足に至るまで、推理し導き出した結果としての行動でありたいと考える。
「勘」を排除するということは、直感を排除するということと同様ではない。
○○の~~という行動が怪しいと思った、
その怪しいという感情は突き詰めるところ、結局は直感である。
直感を否定しては、鋭敏な推理というものは成り立たない。
私が排除したいのは、何もわからず、何も考えず、
選択する場面が目の前にあるため、"なんとなく"選ぶ、そういった「勘」である。
出来ることなら、ゲーム後に自らの言動全ての意味と理由を説明することが可能であることを望む。

以上が、私の人狼をプレイする上でのポリシーだが、
つまりは、利己的で、無意味に多弁で、諦めが悪く、勘の働かない人間が私であるということだ。
偉そうに語っておいて、半分も達成出来てないという実情がまた悲しいところではある。
誤解を生まないように付け加えておくが、
今述べたポリシーというものは、あくまでも私の中での話であり、
他のプレイヤーに対し、この基準を以って優劣をつけようというものではない。
様々なプレイヤーがいて様々なプレイスタイルがある。
プレイスタイルに尊卑など無いのだ。
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by frisk_tarou | 2004-12-19 15:05 | 人狼:雑文 | Comments(0)